Claude Debussy; Petite Suite
Johannes Brahms; Chaconne from the Paritita for solo violin No.2 in D minor
Maurice Ravel; Jeux D'eau
Francis Poulenc; Sonata for four hands
Megumi Miyazato; Prelude
Johannes Brahms; Hungarian Dance, No.1&5
Piano; Mari Suzuki, Mariko Miyazaki
Bechstein Piano Center
友人の友人のリサイタルに誘われて突然の潜入調査。演目も何も知らずに行ったので緊張しました。知っていたのは、シャコンヌ(原曲)とラベルの水の戯れ、ブラームスのハンガリー舞曲だけでした。(しかもうろ覚え)
連弾を聴くのは勿論初めてだったし、知らない曲もあったので、入りが難しかったのですが、終わった頃には結構満足しました。
最初のドビュッシーは、緊張していただろうことと、二人とも真価がロマン主義っぽい所にあるので叙景的なドビュッシーとは相性が悪い様でした。ただ、後半には随分良くなって、特に伴奏のリズム感は安定していました。
次のバッハ(ブラームス)は左手用に編曲されたものですが、そもそも音色豊かなバイオリンの名曲をピアノに書き換えた練習曲だということもあって、非常に技術的にも構造的にも難しい曲でした。例えばビブラートなどは装飾音で代替される訳ですが、やはり印象は随分違う。これはもう別の曲だな、と思いつつ聴きました。そもそもの曲が変奏曲なのですが、バイオリンと違って、ピアノが音のつぶが一つ一つ出てしまう打鍵楽器である以上、そのまま弾くと繰り返しが凄く単調に響いてしまいます。そこでペダルで一生懸命外連味のない主題に変化を付けていくわけですが、そうした繊細な心遣いはかなり実現出来ていたと思います。いっそ抽象的に弾ききってしまうという方向性もあったかと思いますが、演奏者は結構ロマンティックなアプローチでせめていました。
ラベルの水の戯れは、そもそもが技巧的に難曲だということもあり、演奏には苦心の跡が伺えました。音の強弱、スピードのみで抽象的な音世界を立体的に表現しなければならないこの曲は、ロマン主義とは明らかに違ったセンスの求められる曲ですが、特に高音域の、ただでさえキンキンとしてふくらみの出にくい部分が難しいと思います。やはり演奏者もそこで苦戦気味。少し平板的になってしまった印象でしたが、中音域でのメロディは軽いタッチで淀みなく流れていく様で好印象でした。
二人ともソロの部分が終わると、後はこのコンサートを楽しみたかったようで、本来の二人の良さが出て、のびのびと演奏していました。小難しい芸術云々の話を別にして、知り合いの一人としてはこういう風に楽しげに演奏してもらうのがやはり一番な訳で、いやいや、来て良かったと思いました。
これからもお二人には頑張って欲しいと思う次第であります。
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